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サンマーメン


 江ノ電から赤字に白抜きの文字で、サンマーメンと書かれた大きなのぼりをはじめて見た時は何ごとかと思った。中華料理屋の前に立て掛けられているので、きっと中華料理のひとつに違いない。中でも、ラーメンの一種であろうと思われた。そこまでは容易に想像できる。しかし、中華料理屋ののぼりならば、普通は「ラーメン」であるのが相場だろう。一体、サンマーメンとは何なのか、ずっと不思議に思っていた。

 中華料理屋は、腰越港のすぐ近くにある。江ノ島から海岸線を鎌倉方向に歩いて徒歩15分といったところだろうか。実はこのあたりの海、つまり相模湾は、魚の宝庫である。イワシやアジなどの大衆魚からタイ、アマダイ、伊勢海老といった高級魚介類まで、いろいろな種類の魚がたくさん捕れるのである。だから一瞬、サンマのラーメン?と思ってしまった。サンマの煮干しを使った有名なラーメンがあるからだ。しかし、腰越あたりでサンマが捕れるとは聞いたことがない。もちろん売っている店もあるが、それらは気仙沼や銚子から取り寄せたものばかりだ。地物の光り物といえば、やはりイワシやアジ、サバくらいのものである。だからサンマのラーメンというのは、ちょっと想像しにくい。

 次に考えたのが、サンマーメンの「サン」が「酸」で、「マー」が「麻」。だから酸味があるゴマ風味のラーメンではないかという説だ。あるいは、「麻」は花山椒の痺れるという意味を示しているのではないか。が、酸味があって辛いラーメンといえば、酸辣湯麺(スーラータンメン)という有名なラーメンがすでに存在する。英語でいうところのホット&サワーヌードルだが、これだけ知名度があるラーメンをわざわざサンマーメンというわけのわからない名前で宣伝するかね?という疑問がつきまとった。酸味とゴマ味という組み合わせもよくわからない。冷し中華のゴマだれ味なら納得いくのだが、これもサンマーメンと呼ぶなんて聞いたことがない。

 こんなことを奥さんと話し合っていたのだが、結局、これだ!という名答は浮かばなかった。こうなれば論ずるより生むが易し、百聞は一見にしかず、というわけで実際に食べてみることにした。

 ところで、なぜ、こんなことをぐだぐだ論じあって、すぐにお店に入らなかったかというと、中華料理屋があまりに普通の店構えで、どうにも期待できそうになかったからである。それに腰越には、美味しい魚介類の料理を出すお店がたくさんある。腰越くんだりまで来て、何故ゆえそういうお店に入らず、得体の知れないサンマーメンとやらを食さねばならぬのか。そんな想いが強かったからである。

 果たして、サンマーメンはやはり予期した通りラーメンの一種類であり、そして同じく期待した通り、どうでも良い味であった。鶏ガラ&煮干し(?)の昔ながらのアッサリ系化学調味料入り醤油ラーメンで、麺も格安の既製品。これにあんかけ野菜炒めが乗っている。酸味もあったが、これは酸辣湯麺の「酸」という意味での酸味ではなくて、スープが単に酸化してしまっている意味での「酸」であった。私たちは、二人して首をかしげた。のぼりを出すほどのものかね?

 もちろん、不味いのがおかしいと言ってるわけではない。ただ、店先に2本、威風堂々とたなびくサンマーメンののぼりと裏腹に、何故にこういうショモイ内容物であるのか、そのギャップに違和感を覚えたのだ。そして、さらに不可解なことに地元民であろうお客達は皆、当たり前のようにサンマーメンを頼んでいる。だからその時は、きっと地元で愛されているお店の看板メニューなのね、というくらいの考えを結論としてすませてしまっていた。それから約3ヵ月後の今日、「日本ラーメン大全(光文社文庫)」を読むまでは。

 この本は、ラーメンの起源を探り、そこから日本全国の御当地ラーメンがどのように発展し、どういう味になっていったかをこと細かく解説したものである。そこに(少しバカにしていた)サンマーメンなる言葉を発見し、私は本当に驚いた。

 本によれば、ラーメン文化は、明治初期の横浜南京街(なんきんまち)からはじまって全国に広まったという。南京街とは、広東省や福健省から移住した中国人たちが住んでいたところらしい。彼等にとって拉麺やタンメン、サンマーメンは故郷の味であり、そういうメニューを出す中華料理屋がたくさんあったそうだ。その後、拉麺は日本人向けにアレンジされ、ラーメンとして国民食へと発展していく。しかし、タンメンとサンマーメンはあまり人気がなく、結局、全国に広がるには至らず。現代では横浜を中心とする神奈川と静岡の一部地域にしか生息してないとのことらしい。で、サンマーメンとは何か平たくいうと、あんかけモヤシラーメンのことだそーだ。「生馬麺」、「生碼麺」、「三碼麺」などの文字が当てられており、「生=新鮮な野菜」を「馬=乗せる」からという説や、もやしが馬の頭の形に似ているから「生馬麺」と名付けられたなどの説があるという。

 そんな由緒正しい歴史を持つラーメンだとは、これっぽっちも知りませんでした。あの自慢げな「のぼり」の意味がやっと理解できたのでありました。しかし・・・あんかけモヤシラーメンで良いジャンね。

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bottan
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