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チベット紀行 第三日目@ラサ市前日に食べた陳麻婆豆腐の大量唐辛子による腹痛に悩まされつつも、なんとかチベットに向けて出発しなければならない。それが三日目のはじまりだった。 起床は5時。ホテルのチェックアウトが6時。その間、ずっとお腹がゴロゴロ言っていた。成都空港へ着くとトイレへ直行。が、あまりの汚さに驚く。中国のトイレが水洗になったのはつい最近のことだという。だから彼等は、まだトイレを流すという習慣がないのかもしれない。 機内でもずっと腹痛に悩まされた。7時40分に成都を離れ、チベットの空港に9時30分に着くという2時間もないフライトの中で、20分もトイレに閉じこもってしまった。慣れないものは食べるもんじゃないと思ったが、最終日の頃には結構慣れはじめていたような気がする。 ところで、飛行機はだいぶ低空を飛んでいたようだ。窓から外を眺めると、草も木もはえていない、岩ばかりがゴロゴロした山々がすぐ下に見えた。そんな錯覚が起きるほどの高い山が、見渡す限りずっと向こうの方まで広がっている。これだけの領土をよく治めているもんだと感心したが、中国では都心部よりも田舎の方が危険だという話しもよくわかる気がした。公安(警察)の目が届かないからだという。思わず漢を崩壊に導いた黄布の乱を思い出してしまった。 さて、機内食のお粥!を食べた後、天候による遅れもなにもなく、予定時刻通りにラサに到着した。 バゲージがないので、ここでも一番乗りでゲートの外にでる。8年ほど前に参加したホノルルマラソンツアーの時もバゲージがなく、一番乗りで外に出たら出迎えの人がおらず「そんなに早く出てくるとは思わなかった」と言い訳されてしまったし、昨日も出迎えがいなかったので、どうにも一番乗りは嫌なジンクスになりそうだと思ったのだが荷物がないんだから仕方がない。外に出ると案の定、出迎えはいなかった・・・(汗) しかし、今回はすぐに出会うことができた(ほっ)。私たちは荷物がなかったので一番近くのゲートから外に出たのだが、ガイドさんはバゲージクレームに近いゲートで待っていたのだ。 「荷物これだけ?私、4年間ガイドやってて、こんな荷物少ない人はじめてよ!」 そういえばアメリカに入国する際、あまりの荷物の少なさに係員に「本当に観光なのか?」と疑われたことがある。ジャージにサンダルで海外に出かけたこともあった(アホ)。う〜ん、次回からは荷物たくさん持っていくかな・・・ 日本語ペラペラのガイドのヨウさんは、とてもきさくな女性で初対面なのにすぐに気が合ってしまった。人懐っこさがそうさせるのだろう。毎年、ヨウさんを指名してチベットに来る人もいるという。天性のガイドなのかもしれない。運転手のピンチョウさんは、寡黙だけれどまかせて安心という男らしさが伝わって来た。この二人に出会えて良かった。大変感謝している。 空港からラサ市内まで、車でとばして約1時間かかる。車内ではさっそくチベット談義がはじまり、つきることはなかった。まぁ、談義といってもこちらはわからないことばかりなので、ずっと耳を傾けてただけなのだが。 窓から眺める風景にも飽きることがなかった。富士山の山頂と同じくらいの場所なのに、大きな川が流れている。草も木も思ったよりたくさんある。むき出しになった地層。デカイ岩山。空。日本ではちょっと見ないような自然があった。街が近付くと漢民族の新築建て売りの分譲住宅らしきものが見えたり、それとは対照的な土か石でできてるようなチベット人の家が見えた。そして、この時はまだ空気の薄さを実感していなかったのだった。 アクロス中国に事前に予約してもらっておいた聖天鵝酒店(Holy Swan Hotel)にチェックインすると、ガイドのヨウさんから「今日はこれでおしまい。高山病にならないように、あまり動き回らないでホテルでゆっくりしててね。お酒も飲まないで、お風呂にも入らないでね。今夜、頭が痛くならなかったら、高山病は大丈夫。まぁ、痛くなっても薬もあるし、次の日には慣れるから大丈夫だけど」と言われた。これは事前にガイドブックで読んでいたので知っていたが、まだ午前の11時になったばかりである。翌日のツアー集合時間が午前10時だからあと11時間も何をしていればよいのか・・・ たとえば、ハワイなどのリゾート地へ行って、「何もしない贅沢」を満喫するということがある。けど、これって「何もしない」ということを目的として行っているのだから、日光浴だったり、癒しだったり、人によって形は違うけれど、行為としてはちゃんとものすごく大きい「何か」をしているわけだ。 もちろん今回の場合も、高度順化という人間の健康がかかったすごく意義のある目的のために何もしないわけなのだが、旅行の目的は何もしないことではないから、本当の意味で何もしないとはこういうことを言うのではないか・・・しかも旅行先で酒を飲まないという初体験もやってくる。改めて、とんでもないところへ来てしまったと感じていた。 私たちは、言われた通りホテルでくつろぐことにした。しかし、ホテルの部屋はあまりにも寒かった。日が当たっている外や車の中は暑かったのだが、一歩日陰に入るとめちゃくちゃ寒いのである。ホテルは造りもコンクリート(あるいは石?)で、防寒という配慮はまったくない。窓も二重ではないので、部屋の中は外気とほとんど同じであった。 暖房を付けようとしたが、何度試してもスイッチが入った気配がない。そこで暖房が付かないのでなんとかしてくれとクレームを言いに行くと、暖房はないと言われた。ホテルのどの部屋にも暖房はついてないらしい。念のため、ヨウさんにも確認してもらったが暖房がないのは普通だと言われてしまった。 う〜ん、暖房がない!平均気温が3℃しかないこの季節に?明け方にはマイナス5℃くらいになるのに暖房はない!さすがチベットである。想定外の事態である。 人間、動いていればある程度の薄着でも大丈夫だ。しかし、動いていないと身体はどんどん寒くなる。服をたくさん着込んでフトンにくるまってもどんどん寒くなってくる。この絶対零度を助長するようなコンクリート打ちっぱなしの造りのせいだろう。靴下で床を歩くと、一瞬にして体温が奪われた。湯舟に浸かって暖まりたかったが、それも禁止されている。それ以前に、お湯が出ないホテルだったので、体温より温かいものはポットに入ったお湯のみであったのだ。 高山病対策には、お湯やお茶をたくさん飲むと良いらしい。これは新陳代謝を促進するからで、普段の倍以上水分を摂取するよう、どのガイドブックにも書いてあるし、ヨウさんにも言われたことである。暖を取る意味でもお茶をたくさん飲んだが、飲めば当然オシッコをしたくなる。が、オシッコをするとすごく寒くなるのだ。女性はズボンをぜんぶ下ろさなければならないから余計に寒かったろうと思う。 ホテルにいたら凍えてしまうと思い、散歩をかねて日向ぼっこをしに外にでた。激しい動きを禁止されているので、必要以上にゆっくり歩くことを心掛けた。しかし、100メートルも歩くと異常な疲れを感じた。空気が薄い!とはあまり感じなかったが、身体に症状となって現れはじめたのだろう。路肩に腰をおろして10分ほど休憩し、また歩いて、また休んでと繰り返していたが、最終的には2,30メートル歩くと疲れるようになってしまった。座りながらぼうっと街並や人の流れを見ていると、サンフランシスコやロスのバーによくいる、朝から晩まで窓際でずっと外を眺めてるジイさん達のことを思い出した。 何もしない贅沢というのは、何もしないことをしている贅沢であり、何もしないことは贅沢でもなんでもなく、ただの無なのだろう。空とは無いという形が在るものであり、無とは無いものなのだろうか。そんな人生にとって何の意味も無いことばかり考えた一日となった。 夜は布団を四枚重ねてなんとか寒さをしのいだ。
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