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思い出の苦い味それは、17年と7ヵ月ぶりの味だった。 クリーミーではあるが少しほろ苦いホワイトソースをまとった、脂の乗った白身が私の口の中でほぐれていく・・・ 1988年4月、高校を卒業したばかりの、何も知らない若者がアメリカにやってきた。翌年の1月に決まっていたペパダイン大学の入学を前に、サンフランシスコの英語学校でミッチリと語学を勉強しておこうという算段であった。宿泊先は日本から、とりあえずの1ヵ月分だけ予約していた。名前は忘れてしまったが、ダウンタウンに近いレジデンスホテルである。 レジデンスホテルとは、、、良く知らないが長期滞在する留学生や旅行者、ビジネスマンなどのための滞在型ホテルである。普通のホテルより安く、モーテルよりは高級。1日2食付きで、確か1ヵ月495ドルくらいだった。 私が予約していたのは、事前にはまったく知らなかったのであるが、どうやらフランス人が経営しているレジデンスホテルだった。まぁ、別に何人が経営しようが勝手なのだが、なんと食事も毎日フランス料理だったのだ。従業員もフランス人が多かったので、きっとみんながフランス料理を食べたかったのだろう(笑)。しかし、日本から来たばかりの、弱冠18歳の、家庭の手料理しか知らないような若者にとって、初日から毎日フランス料理というのは本当にキツかった。 特に厳しかったのが、舌平目のムニエルである。日本では高級品の代名詞のような感じであるが、最初に食べた時は吐き出しそうな味だと思ったのを覚えている。ベースのベシャメルソースは嫌いではなかったのだが、たぶんそれに白ワインとレモンを加えることによって、苦いというか渋いというか、独特の風味が生まれるのであろう。その香りと味は完全なる初体験であり、私にとっては拒絶するようなものだったのである。 レジデンスホテルの夕食のメニューは、毎週月曜日はなになに、火曜日はなんとか、という風に決まっていて、それがずっと続いていくのであった。舌平目のムニエルは確か木曜日の定番メニュー。4週間ステイすることになっていたので、これがあと三回もあるのかと思った瞬間、私はものすごくブルーな気分になったのを覚えている。しかし、使えるお金は限られているから値段の高い日本料理をいつも外食するわけにはいかない。節約のために、4週間毎夕、毎朝、フランス料理を食べ続けた。 2週間目の舌平目のムニエル。やはりまずい。独特の風味が鼻をついて、どうにも受け入れられない。他の曜日は、美味しい煮込みなどもあったが、やはりこれだけは食べられない。魚は刺身で醤油だろっ!と内心叫んでいた。 3週間目。毎日のフランスの味付けに慣れてきたせいか、こういう風味も悪くないなと思いはじめた。翌週も試してみるか、という感情が芽生えたのであった。4週間目に食べた時には完全に受け入れ体制に入っていた。美味しい!と思ったのだ。また食べたいと思った。この時は、自分に本当に驚いた。人間変われば変わるものである。次の週からはアメリカンスタイルのレジデンスホテルに行くことになっていた。あの風味が名残惜しかった。 ● その後、フレンチに行く機会は何回かあったが、舌平目のムニエルは食べたことがなかった。それに当時のレジデンスホテルで、他に何を食べたか思い出せない。やはり苦い味の方が記憶に残るものなのだろうか。 ―――END |
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