![]() |
志を食す現代って、「情報を食べる」みたいなところがあるよね。今のところ、まだ「情報を食べる」という文化も成熟していなくて、「どこどこ産のマグロでございます」とか、そういうレベルに過ぎないけれど、情報公開という意味では良いのではないだろうか。昔の業者は、やりたい放題だったからね。 ただ、情報が氾濫しすぎて、消費者は踊らされる傾向にあるし、「あ、すごい良いモノなんだ」っていう先入観で美味しく感じてしまう、つまり頭で食べてしまうという悪い点もある。それに情報の偽装問題も避けて通れない。実際には安全かどうかわからないモノなのに、「有機栽培」とか「国産」とか表示してしまえば消費者にはそれが本当の情報なのか判断しようがない。事実、そういう犯罪が起きている。 こう書いていくと、功罪の「罪」ばかりが目立ってしまうが、「情報を食べる」という方向性は間違ってないように思える。今のレベルは、過渡期として仕方ないステップ。今後は「情報」→「店主/送り手のメッセージ」→さらには「志」というところまで行って欲しいなぁと思う。 たとえば、船橋市に東京湾であがった魚しか使わない居酒屋がある。一時は汚染された海の象徴であった東京湾も今ではだいぶ綺麗になり、魚もいろんな種類がいて、こんなに旨いんだぞ!ということをみんなに伝えたいがために、東京湾のモノにこだわっているという。確かに、東京湾のナヨシ、コハダ、カマスの刺身は旨かった。同時に、他の産地であがった最上のモノと比べると、まだまだであるのも事実だ。しかし、私はこういう御主人の強い志が、店としてのブランドを作るだけでなく、周りの人々を惹き付け、大きな潮流となって日本の文化貢献に回帰するんじゃないかなぁと思っている。お金を稼ぐことは確かに大事だけれど、売上至上主義やブランド至上主義ではなく、気持ち至上主義というのが21世紀っぽくて良いと思う。 それに情報というのは、単なる言葉やデータの集まりにすぎない。だから、偽装を覚悟しさえすれば誰にでも付加できる価値なのである。これに対して、志は、長期にわたり蓄積していく言葉や事実であり、溢れ出るように沸く想いである。まぁ、これも大言壮語の僻のある者には簡単に出来てしまうのかもしれないが、誰もが真似できるものではない。本当の意味での付加価値になるのだろうと思うのだ。 ただし、「情報を食べる」から「志を食べる」になっていくには、食べ手の姿勢や責任も関わってくる。つまり「志」に値するそれなりのお金を支払うということ。その「志」が売り手と食べ手のどちらにとってもとんちんかんにならないよう、お互いがいろんな勉強をし続けていくこと。言葉では簡単に書けるが、実際にはすごく難しいことだろう。やっぱり一般には根付かないかな、こういう堅苦しいのは・・・。 |
|
About Us | Mail to Webmaster Copyright 2001-2005 Good-Beer-Life. All rights reserved. |